しんのすけとてんのすけ
マサコんちの笑うねこ、こうちゃんの日々。タケコの家族、しんのすけとてんのすけも元気です。
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マサコんち

masakototakeko

Author:masakototakeko
【名前】こうすけ(公輔)
愛称はこうちゃん

【生まれ】東京都
貰い手がなければ明日処分される、と聞いて2006年に引き取った。当時3歳。双子のそっくりな兄弟も別のお宅にすんでのところでもらわれた。2016年3月、猫伝染性腹膜炎を発症し、虹の橋を渡っていきました。12歳と半年でした。

【好きなもの】
しらすに目がない。生でも釜揚げでも。カニカマも好き。

【きらいなもの】
においがまずそうなダイエットフード

【体長】約50cm
しっぽを除く。伸び縮みするのでやや不確定

【しっぽの長さ】26cm

【体重】4.2kg

【特徴】長い。
ミックス猫ながら、初めて検診に行った時、獣医さんに「きみ、大きいねえ!」と感嘆された。爪とぎ棒を壊す力持ち。
火葬場に行ったら担当のお兄さんに「大きいですねえ!」とやっぱり驚かれたというオチの持ち主。

タケコんち
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【名前】しんのすけ

【性別】元オス

【性格】思慮深い

【飼い主】タケコ

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【名前】てんのすけ

【性別】元オス

【性格】シャイかつ甘えん坊

【飼い主】タケコ
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2016.03.30_14:34
本日で、人で言うなら初七日。今日は一番好きなご飯をもりもりとお供え。
気持ち的にはずいぶん落ち着きました。

元々食べさせていた餌と、退院したら存分においしいものを食べさせよう思って、買っておいた餌が結構残ってしまいました。知り合いで猫を飼っている人は特別な療法食しか食べられない猫だし、できればどこか近場で保護猫のお世話をしている方に寄付とかしようかなあと思って探しているところです。

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2016.03.28_22:10
ちょっとぼんやりしてめそめそしている日々ですが、あとは自分がいかに納得したり、割り切れたりするかなんだろうな…と思っています。意外と難しいことも知りましたが。

過去のこうちゃんの様子を遡って読んでいたら、更新が滞ってもログを残していくのって悪くないなと思いました。
外で出会った猫や、こうちゃんの写真も載せていこうと思っています。主に自分のために。たまに見てくださっている方、ありがとうございます。


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カメラが嫌いだったこうちゃん。
病気の記事の写真は、葬儀で写真があれば持ってきてくださいと言われたので、まだ10歳未満のときに一眼レフで一生懸命こっちを向かせて撮ったものを探してきました。あまり顔は変わっていないと思ったけど(体重も変わらないし)、体の張りは若々しかった。むっちりふくふく。
最近の写真はスマホが多く、カメラを見ると顔をそむけるので寝ているものばっかりです。

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以前の家は寒かったので丸まって寝ていることが多かったけれど、新居は快適なのであまりしないポーズでした。暖かいから冬も布団に入ってくれなかったな〜。その代わり枕は横取りされてました。




ずっと放置したままの猫ブログでしたが、記録のために書いておくことにします。あるいは心の整理として。
9年間一緒に暮らしてきたうちの猫が、病気で亡くなりました。
不治の病と言われる、猫伝染性腹膜炎(FIP)でした。


処分場行き寸前でやってきた3歳の男の子

3歳のときにうちにやってきたこうちゃん。
多頭飼いをされていた飼い主さんが、都合でご実家に帰ることになり、全部は連れて帰れないので10頭ほどの猫を処分しようとしている、と人づてで連絡を受けたのがきっかけでした。当時は自分では飼えると思っていなくて、飼えそうな知人に連絡するぐらい。メールで経過報告を受けていると、周囲の人が手を尽くして少しずつ猫が減っていきます。しかし、飼い主が処分を急いでいることもあって、今日明日にでも行き先が決まらないと処分場へ送ってしまうそうで(年度末ということもあり、処分場が混むので早くしないとならないとのこと)、猶予はぜんぜんありませんでした。ひどい話だけど、飼い主さんは貰い手がなければ、処分しようとの考えだったようです。

幸い、周囲の人が手を尽くしたおかげでその日のうちに大方の猫は行き先が決まり、夜に残っていたのは3匹でした。でも、そこに来たメールには衝撃的なことが書いてありました。今日中に引き取り手が決まらないなら、処分場行きにするというのです。年若の猫から貰われていっており、残っていたのは3歳になった兄弟と元野良の1匹。時間は夜の11時くらい。実家に動物はいたけど一人では飼ったことはなく、迷いはありました。でも明日になったら処分場に送られてしまうと思うと居ても立ってもいられず、「1匹引き取ります」、そう返事をしてやってきたのがこうちゃんでした(残りもおそらく引き取り手がきまったはず…)。

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健康で平和だった9年間の日々の終わり

うちにきてからは、一度胃腸炎らしきものになって病院でお世話になりましたが、その程度であとは健康そのもの。大きいけれど気は優しく、頭の良い猫でした。
周囲の人にも20歳までは生きるよ、と言われていたこうちゃん。
11歳のときにより快適に暮らせるよう、広くて年間を通して部屋の温度差が少ない新居に引っ越しました。環境が良くなったおかげで毎年のようにしていた夏バテもあまりせず、秋には食欲が旺盛になって体重もマックスに。このままメタボになって健康に影響が出たらどうしよう、と思ったくらいです。

おかしいな、と思ったのは12歳を迎えた春。
元々、毛玉やエサを吐く子だったのですが、1~2月頃に少し吐く回数が多くなりました。そのときは適正量より食べているし、年齢のせいもあって、胃腸が弱り始めているのに食べ過ぎているのだろうと思いました。欲しがる美味しいエサに少しずつ高齢猫用のものを混ぜ、体重が増えすぎないようにしますが、美味しくないので食べません。仕方がないので美味しいものを優先しつつ、ときどきだましだまし高齢猫用フードを与えていました。

2月の後半、少しぐったりしている日がありました。これまでにあまり見たことのない様子。数日観察していると、横隔膜のあたりで呼吸をしている感じになります。体調が悪そうだけれど、かといってそれ以外はおかしなところはなく様子を見ることに。小食ではありましたが、エサも食べていたので好きなものを与え、1週間ほどするとまあまあ普通の様子になります。もう大丈夫かな~と思っていたのですが、再び食欲がなくなり、呼吸数が1分間に60と、多くなっていることに気づきます。さすがに様子がおかしいと思い、病院に行きました。


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胸水が溜まる膿胸?一度は元気になり退院

最初の診断では肺に膿が溜まる膿胸でした。実際、抱き上げたときにものすごい声を出して暴れて腕から逃げ出したことがあり、それは肺が苦しいのが原因だったのか、と納得できました。寝るときに横向きではなく体を平たくして寝ていたのも、呼吸を楽にしたいからでした。とはいえ、連れて行った時は病院内をふんふんと歩きまわるぐらいには元気で、呼吸のことさえなければ普通に見えました。膿を抜くのに全身麻酔をするので一応覚悟してください、と連絡を受けますがその処置は無事に終わりました。抜いた膿は15ccでした。

高濃度酸素室に入れてもらい、入院初日はぐったりしていたものの、2日目からはお見舞いに行くとゴロゴロ喉を鳴らし、3日目にはご飯も食べ始めます。レントゲンでの経過は良好で、どんどん肺が写るようになり、会いに行ってなでると喉を鳴らしながら頭でグイグイ押してきて、酸素室から飛び出しそうに元気でした。入院10日目には退院のお許しが出て、帰宅します。先生には、少しでも変だったらすぐ連絡するようにとは言われました。

体重がグッと減り、4.4から3.8になっていましたが、心配していた食欲は旺盛で、病院では嫌がっていたカリカリもどんどん食べます。家には体重計はないけれど、抱き上げた感触は3日ほどで退院時よりはるかに重くなりました(最終的には1週間で200g増加)。帰ってきて3日目には「安静が大事」と言われていたのに、机や高いところに乗って元気なときとあまり変わらない様子を見せました。もう大丈夫だろうか、と思った4日目、少し食欲が落ちてきます。6日目は好きな流動食のおやつは食べるものの、カリカリを食べないようになります。さらに翌日になるとご飯も水も口にしなくなりました。呼吸も変です。7日目も様子が変わらないため、再度病院へ。すると、預けた日はまだまだ普通の様子だったのに、翌日、朝一番に病院から電話がかかってきて、「とても苦しそうだから来てください」とのこと。急いで駆けつけると急変していて、びっくりするぐらい呼吸が速くて息も絶え絶えでした。ほとんど消えていた胸水が60ccも抜かれていました。それでも、私を認めてしんどいのに首をもたげようとするのでちょっとだけなでて、「頑張れ」と言って酸素室を離れます。あまりの急変に自分でも動揺しますが、とりあえず酸素室に入っていることで少し心を落ち着かせ、夕方また見に行きました。朝とほとんど様子は変わらず、呼吸が苦しそうです。


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猫伝染性腹膜炎からあっという間に虹の橋へ

翌朝、午後から外出予定だったので朝のうちに病院に行きました。すると、先生から「猫伝染性腹膜炎(FIP)の可能性が高い」と告げられます。その日も胸水が70cc抜かれていました。最初の15ccを抜いたあとは抜かなくてもなくなっていっていたのに、2日で130ccなんて尋常な量じゃない。さらに、胸水に加えて腹水が溜まり始めていました。見に行くと、もう顔も上げられない状態で、朦朧としています。腹水は抜いてもあっという間に溜まるので意味がなく、FIPは治療法がないと言われました。そのとき、その病気がどんなに恐ろしいかピンと来ていなかった私は、何が起こってももうお任せするしかないと思い、猫の喉を撫で、「頑張れ」と声をかけて病院を後にします。反応する力はもうありませんでした。その後、移動中に病気の詳細を調べてようやく深刻さを理解しました。コロナウイルスが変異して発症するもので、難治性、というか治す方法がなく、対処療法しかない。ドライとウェットタイプの2種があり、水が溜まるウェットタイプはより重症。一度持ち直しても、其の都度対処療法するしかなく、ほとんどの猫が衰弱死するということでした(まれに完治例や状態を保って生きている例あり)。

そこからいろいろ考えました。苦しい様子を見ていたので、例え一度持ち直してもあんな様子を何度も、あるいは長く経験させたくない。うちで介護する自信はないし、何かあったらその都度病院に連れて行くのは、猫にはすごくストレスになるのも良くない。病院にいれば少しマシでも、一匹で狭い酸素室に長くいさせるのもかわいそう。でも苦しい状態が続くなら安楽死させる覚悟があるだろうかと言えば踏み切れない……。モヤモヤとした頭を抱えていた夕方、病院から電話がかかってきました。「だめでした」。
私が会いに行ってから数時間後、こうちゃんは旅立っていました。急に苦しみが襲ってきたというよりは、静かに、私が最後に見た姿勢のまま眠るように亡くなっていたそうです。もう少し保つという予想に反し、あっという間。再入院して2日目のことでした。

最終的な診断は結局、猫伝染性腹膜炎(FIP)でした。多頭飼いだった頃にコロナウイルスのキャリアになっていたのでしょう。発症のメカニズムは今もって解明されていないので原因はなんとも言えません。最初からFIPと診断されていれば何か違ったのだろうか?と思いましたが、そうでもないような気がします。治療の大筋は合っていましたし、途中からFIPを見越した治療をしていました。むしろ病院に行って抗生物質を打たれたりした後の方がしんどそうでした。これは獣医さんがどうというより、投薬というものの負担の大きさだと思います。たらればはいろいろあるし、奇跡的に完治したり生存中の猫さんの話を見るとできることがあったかも…と思わないでもないです。ただ、私は飼いはじめたときから何かあったときは何が何でも治そうというよりは、無理のない範囲で治療して、猫の生命力に任せようと常々考えていました。コロナウイルスキャリアでもわずかしか発症しないFIPになったこと自体は残念でしたが、具合が悪くなったとき、元々の丈夫さでまずは持ち直したのはこうちゃんの凄さでした。先生も「強い猫だね」と何度もほめてくれました。二度目は助からなかったけど、これがこの猫の寿命だったのだと思っています。休診日でも容体を気にして連れてらっしゃい、と言ってくれた病院の先生には感謝しています。治療代もかなり配慮していただきました。


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奇跡のように元気だった退院後の1週間

それに、一度退院してきたときは本当に元気だったのです。むしろ、丈夫な猫だったから回復したのでしょう。ご飯をよく食べ、洗面台に上がって頭を濡らしながら蛇口から水を飲み、朝はお皿のエサがなくなってしまうと早朝5時や7時にご飯をちょうだい、とベッドまで起こしに来て、昼間は1日中私の横にくっついてゴロゴロ喉を鳴らして気持ちよさそうに寝ていました。発症してあっという間に亡くなってしまう猫もいる中、そんな元気な状態を見せてくれました。そのときはこのまま良くなるに違いないと思っていましたが、今思えば最後の奇跡だったのかも?慣れたお家に帰ってきて、食べたいものを食べて(普段は食べ過ぎるからあげないようにしていた、美味しいものをたくさん)、甘えたかった人に存分に甘えられて、良い思いをさせてあげられたことが少なからず救いです。悪化したとき2日ほどで長く苦しまなかったことも。

うちの猫の例はそんなに参考にはならないと思いますが、呼吸の様子が変だと思ったらすぐ病院に行ってください。FIPもそうですが、膿胸自体も決して簡単に治る病気ではなく、慎重な治療が必要です。FIPは腹水が溜まるのが一般的ですが、胸水からくるうちのような例も散見されます。それでも一度は胸水も消え、腹水が溜まったのは最後の最後でした。鼻水や黄疸、さまざまな症状が出てくる例もあるようですが、うちの猫は元々丈夫で体力があったせいか、そうした弱った症状は出ないままでした。つまり、逆に体調の悪化が実感しにくかったということでもありますが…。

FIPを発症する猫が少しでも減って、辛い思いをする猫や飼い主さんが減りますように。どんな生き物も必ず死んでいきます。でも、者言えぬ子が苦しそうにしているのに、治してやれないというのは本当に辛いことです。これは体験して初めて知った辛さでした。猫も人もピンピンコロリがやっぱりいいなあ。



猫と暮らした幸せな日々

処分場行き寸前でうちにやってきて、9年間元気に暮らしました。頭が良く、言葉を理解し、一度しつけたことはきっちり守るため、壁をガリガリやることも、キッチンに上がって悪さをすることもありませんでした。「◯日留守にするね」「夜に帰るね」と言っておくと理解できるらしく、長期の留守番もできました。もしかして亡くなる前日、病院で先生に「明日の午前中は来られるけど、その後1日は来られないので」と言ったのをちゃんと理解していて、私がその午前中に会いに行ってから虹の橋を渡りに行ったのかも。
とってもデキる、甘えん坊でかわいらしい、自慢の息子です。

こうちゃん、ありがとう。あなたがうちの子になってくれて良かった。

猫と暮らすことでいろいろなものが得られました。まだまだ心の整理も必要ですが、いつか再び猫と暮らすのも悪く無いと思います。ペットショップで買おうとは思いませんが、もし保護が必要な猫がいたら迎えることがあってもいいなと。家族になろう、なんて偉そうなことは言いません。寒くなくて、雨でも濡れなくて、探さなくてもご飯が食べられる家なら貸してあげられるよ、と。それぐらい気楽に気ままに暮らせるぐらいが、猫にとってもちょうど良いのじゃないかなあ、なんて。


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